2009年7月11日 (土)

19、20歳のころ(明大前編(プロローグ))

今日は前職の同期と駒場でテニス。予定参加者はは私の友人と、
彼の友人を含めて4名だったのだが、双方の友人が
来られなくなってしまったため、私はヒビの入った肋骨を
厳重にテープで巻いて固定し参加。

テニスの腕はかなり落ちていた。なによりサーブが入らない。
友人曰く「身体のバランスが悪い」のだそうだ。実際は
「痛くて力が入らない」のだが、それは言い訳。
結局、1時間経ったところでリタイアした。その後は友人の個人練習の
お手伝い(球出しとか球拾いとか。もっともこれはこれでいい運動になったが)。
ひとまず痛む左脇腹を完治させ、次にリベンジしたいと思う。
ちょっと我ながら無謀だったと思う。反省。

テニス後は、駒場東大前から明大前へ。昔住んでいたところだ。
疲れたのでまっすぐ帰ろうかとも思ったが、せっかくなので、
母校の、そしてかつての住まいがあったところが気になり寄ることに。
そして、当時週3回以上通っていた「神戸ラーメン」のラーメンを
食べたくなり、井の頭線で明大前へ。思えば約10年ぶりの明大前。
通過することは何度もあったが、実際に降りるのは久々だ。

しばらくぶりの明大前は、もうまるで昔の面影はなかった。
まず、駅前がまるで違う。私がいた頃はもう狭い路地ばかりで、
大学へ向うまでに小さな飲み屋や定食屋、雀荘が密集していたのだけれど、
いまはすっかり広く区画整理され、ドトールやスターバックス、
大手居酒屋、ファミレスがある。何より駅の改札を出るとすぐに
甲州街道、そして校舎が見えるではないか。これには素直に驚いた。

そんな、かつては存在しなかった大通りを通って神戸ラーメンへ。
明大の和泉校舎のすぐ隣。場所は変わっていなかったが、
食券を事前に買う、自動ドア、そしてメニューが変わっていた。
なにより麺が細いストレート麺から中太ストレートへと微妙に変化。
スープは昔のままだったが、細麺を期待していた&大好きな私なので、
おそらくいまの自宅からわざわざ足を運ぶことはなさそうな気がする。
少しさみしいが、仕方ない。

せっかく来た明大前。なのでかつて住んでいたアパートを見に行った。
そこまでの道のりは覚えている。なつかしさに浸りながらとぼとぼ歩く。
よく使っていた郵便局も発見。仕送りを引き出していたところだ。
あと少し歩けば、あのアパートに着くはずだ・・・。

と思ったのだが、なぜか全然見覚えのない場所に。
「あれ?この辺なんだけど」と記憶をたどり、もう一度郵便局へ戻って
そこから歩く。でもたどりつかない。

・・・たしか大家のばかでかい家があって、向こう側には灰色の
マンションがあって、その間が私のボロアパートだ。
ん?灰色のマンション??これか!でも大家の家もアパートもないぞ・・。

大家の家、そして私のアパートはもうなくなっていたのである。

跡地には3軒の一戸建て。一戸建てというのがはばかられるほど
狭いところに立てられた3つの家。大家の老夫婦は当時80代。
しかもあの頃から病弱で入退院を繰り返していた。推測の域を出ないが、
おそらく老夫婦は亡くなり、相続されず家、アパート共に売却されたのだろう。
敷地が広すぎ、相続税が払えなかったのかもしれない。

理由はともかく、またひとつ、昔の思い出の場所が消えた。

もう少し歩いてみよう。そう思い、当時よく訪れていた、
坂の上まで歩く。公園でもなんでもない。井の頭通り沿いの
なんでもない場所なのだが、その坂の上からは新宿の夜景がよく見える。
散歩、そして嫌な事があると、私はいつもそこで輝くビル街を見ながら
よく酒を飲んでいた。

その場所だけは当たり前だがそのままだった。夜景もよく見えた。
あの頃のことがよみがえる。ひとりぼっちで荒れていた、19、20の
思い出したくもないあの2年間。

30分くらいだろうか。いろいろなことを思い出し、感傷に浸っていた。
帰り道。明大前から自宅までの電車の中。ずっと当時のことを考えていた。

そうして思い出したあれこれを、明日以降書いていきたいと思っている。

今日のひとこと
「倒れたとき、助け起こすのが友情。ともに倒れるのが愛情」
(出典不明)

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2009年7月 8日 (水)

七夕の夜に込めた願い

去年の七夕は、茨城の実家で迎えた。
病気が原因で4月に退職、5月に当時住んでいたマンションを引き払い
実家に帰った。2ヶ月間の療養のち、転職活動を再開したのが
去年のちょうどいまごろだった。身体も心もボロボロで、
蒸し暑い最中、重い足取りで茨城と東京を往復する毎日だった。

今年の七夕は東京で迎えた。何とか無事就職し、希望の仕事に就いている。
定職がないという、あの社会の片隅に追いやられたような状況は一変し、
仕事に英会話にサッカーに・・と一日の過ぎるのがとても早い。

空はあいにくの曇り空。それでも彦星と織姫さんが
出会えたであろうことを祈りつつ・・。そう。こんな夜に長文は無粋。
ギターで「星に願いを」と、大好きな「部屋とYシャツと私」を
小さな音で弾きながら、「もしいまここに短冊があったら」と考える。

「いま私に関わるすべての人、そして過去に関わってくれたすべての人、
 みんなが幸せでありますように」

精一杯の願いを込めて、短冊にはそう書いて笹に結びたい。

今日のひとこと
「信じるか信じないかじゃなく、信じられるか信じられないかじゃないの?それだけ。」

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2009年7月 5日 (日)

交通事故の次は・・・

先月はひき逃げによる右膝半月版の剥片骨折。剥片骨折というのは、
いわゆる「骨が欠けた」というもの。高校時代、柔道の練習中に左の親指を
剥片骨折したことがある。それと同じ。

昨日、フットサルの練習試合が神宮であった。
ここの読者及び友人はご存知だと思うが、私のポジションはGK。

相手のシュートを止めようと左へ飛んだら肋骨に激痛が。
昨日は痛みをこらえて神宮外苑にある「森のビアガーデン」で
試合後はチームメイトとビアガーデンでビールやバーベキューに興じた。

帰宅し、就寝する。すぐに眠りについたが寝返りを打った瞬間目が覚めた。
その後はうとうとして眠り、寝返りを打つと激痛で目が覚めるのくり返し。
正直、あまり眠った気がしない。

異変に気付き、8時過ぎに救急病院へ。レントゲンをとった結果、
「肋骨の亀裂骨折」とのこと。要はヒビが入ってしまったのだ。
しかも3本。正確には3.5本。「0.5」というのは、医師曰く
「この画像でははっきり分からないけど、たぶんこれも亀裂じゃないか」と。
なので0.5、ということにしておきます。

それはともかく、結局病院で痛み止めを打ち、湿布と痛み止めの薬をもらい帰宅。
その後は薬の効き目と昨晩の不眠のせいで一気に眠気が押し寄せ、
昼食後、16時過ぎまでずっと仮眠。

いまは夕食後の薬のせいもあり落ち着いている。寝る前にもう一回飲む。

全治は1カ月。次回のフットサルの練習日は8月8日。
先日の国際交流パーティで出会った外国人チーム
(「世界選抜」(仮称))との練習試合である。

それまでには治さないと・・・。なので日記の更新は当面後回しです。
ごめんなさい。

今日のひとこと
「人生で大切なことは、愛と勇気といくらかのお金だ」
(チャップリン)

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2009年7月 3日 (金)

ギターも弾けない部屋

ギターが届いた。ネット通販で買ったワインレッドのギター。
19800円で、しかもいまなら送料無料の宣伝に目が行き、
なおかつハーモニカまでついてくるというおまけつき。
それで買うことに決めた。

ところが。これがまたでかい。置き場所に一苦労している。
いまは仕方なく台所の廊下に立てかけてある。余談だが、下手に長く立てかけると
ネック(ギターの握る部分)が曲がってしまうので、部屋を掃除したら、
何とかスペースを作って専用の立てかけ台(これに立てかけるとネックが曲がらない)に
置くつもりである。

さて、肝心のギターの腕だが、思ったよりは落ちていなかった。
7年ぶりのギターだが、簡単な曲なら譜面があれば弾ける。
もっとも、昔は譜面なしで弾けた曲なのだけど・・・。
藤井フミヤの「True Love」とか、スピッツの「空も飛べるはず」とか。

もっとも、いま一番の悩みは練習場所である。
届いた日、どうしても一曲弾きたくなって近所の公園を探して、
ギター片手にさまよったけど、結局適当な場所もなく、それ以前に
蒸し暑くてとても屋外で弾くのはこの時期ではムリ。

明日は土曜日。適当な場所はないだろうか。そうだ!昔、友人の
結婚式の余興で歌うのに、ピアノ伴奏の友人と2人で
防音&ピアノ付き&録音機材貸し出し無料で1時間500円という、
渋谷の貸しスタジオがある!ピアノはいらないけど防音なので、
1人で弾いて歌うにはもってこい。ということで、そのとき
ピアノ伴奏をしてくれた友人に、電話で「渋谷のどこだっけ?」
「あと、なんて名前のスタジオだっけ?」と聞いた。

すると期待とは裏腹に、「うーん、忘れちゃった。ごめん」。
あらら・・。困ったな、と思っていたら、彼いわく

「カラオケボックスへ行けばいいんじゃない?」。

そうだ!カラオケボックスへ行けばいいのだ。
防音だし、思う存分歌って弾ける。一人で入るのも特に抵抗はない。
しかも17時までなら1時間200円でフリードリンク。

これで決まりだ。明日、明後日はカラオケボックスで、ひとり
楽譜を見ながらギターの練習である。とにかくうまくなりたい。
休みが楽しみになってきた。

今日のひとこと
「他人を必要以上に信じないこと。なぜなら裏切られたとき
 受ける苦痛や失望感が倍になるからだ」

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2009年7月 2日 (木)

今年の折り返しは朗報で始まる

7月。今年の残り半分がスタート。職場も変わり、新たな気持ちで
少し緊張しながら通勤した。

余談だが、通勤電車の中、私はiPodで「読売新聞ポッドキャスト」
(その日の読売新聞の朝刊ダイジェスト)を聴き、それが終わったら、
続いて好きな音楽を聴く。聴く曲も、曲の順番も毎日違う。
その日の朝の気分に合わせて、iPodに収められている曲をピックアップし、
気分がだんだん乗ってくるよう曲順を決める。朝から調子がいいときは
全部アップテンポな曲(B'zや The Blue Hearts、相川七瀬など)、
落ち着いた朝を迎えたいときは徳永英明、平松愛理、中島みゆき。
何かと忙しい朝だけど、選曲のためだけに私は通常準備にかかる時間より
15分早起きしているくらいである。なお、帰りはひたすらミスチルだけ。

今日から本社業務管理センター人事部長付。午前中は部長直々に、
会社の組織や教育研修、人事制度改革などのレクチャーを受ける。
ただ、真剣な中にもユーモアあり。自分の経験からいつの間にか
脱線し、雑談になってしまう。しかも11時半になったら、
「疲れたから午前はこれで終わり」。あら??

午後はレクチャーの続きかと思ったら、部長に来客があり急遽自習。
もらった資料や社内人事規則を読む。分からないところをメモし、
来客が帰ったあと部長に聞く。「では、そろそろ続きをお願いします」
と言ったら、「来客のせいで疲れたよ。なので続きは明後日」。
え?明後日??と思って明日の予定表を見たら部長、明日は年休・・。
「明日は何をしたらよいでしょうか?」と聞いたら、
「好きなことしてていいよ」とのこと・・。なのでレクチャーに出てきた
労働三法、とりわけ労基法の本と判例集を読むことにした。
自宅の判例六法と労働法の本。重いけど持って行かなきゃ。

定時は17時15分。すると部長は「さあ、飲みに行くか」と声をかける。
これは予想の範囲内。なので夜は空けておいた。正解だ。
サシ飲みは17時半スタート。仕事の話から今後の人材育成ビジョン、
理想の人事制度について語ったあと、私の株式投資の話になった。
部長の食いつきはすごく、私は自分の投資法について徹底解説。
まあ、この金融危機でも損失をほとんど出さないどころか、
むしろリスク回避のため逆に株を大量購入した私の技術は、
資産運用に興味のある人ならおそらく聞きたいだろう。

気がつくと、なんと22時50分。5時間以上飲んでたことになる。
それでも話の盛り上がりのせいかほとんど酔ってない
(そもそも、酔っていたら日記など書かずにすでに寝てる)。

家に帰ると朗報が。英検2級の1次試験合格通知。
点数は75点満点中55点。合格点が47点なので可もなく不可もなく。

そして朗報がもうひとつ。株の配当金の引き換え証書。
郵便局に持っていくと、配当金3万円が受け取れる。
何を買おうかな?それとも旅行に行こうかな??

今年の折り返しである7月1日は、ちょっとした朗報からスタートだ。

今日のひとこと
「偶然は、準備のない者に微笑まない」(パスツール)

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2009年6月30日 (火)

壮絶ないじめを乗り越えて~私は鬼になりたい~

国家公務員から社員食堂運営会社に転職して3ヶ月。
今日で現場(厨房)実習が終わった。

最初の1ヵ月半。私は徹底的にいじめられた。現場のチーフ調理師に。
会社の休憩時間は45分。ただし現場によって異なる。実習初日。
私はそこの休憩時間を教えられていなかった。昼食を取り始めたのは
13時10分。休憩は55分までだと思い、昼食を取りながら控え室の
テレビで高校野球を観ていた。すると、チーフがテレビをおもむろに消し
「ここでは13時半で休憩は終わりだ。何をやっているんだ。すぐに厨房へ戻れ!」
と怒鳴りつける。私はあわてて白衣に着替え厨房で皿洗いを始めた。

そのときは、休憩時間を聞かなかった自分が悪い、と思った。
でも、冷静になって考えると、そもそも休憩時間も午後の業務開始時間も
知らされていなかった。「俺が悪いの?」という気分になった。

その日はそれで済んだが、それは始まりに過ぎなかった。
このあと嫌がらせ、と言うかいじめはどんどんエスカレートしていった。
包丁を持つのが小学校の調理実習以来という私に野菜の皮むきの仕事を
与え「この野菜は○○時までに切るように」と時間を設定される。
当然できない。すると罵声が飛んでくる。「工夫しろよ。頭使えよ。
こんなのうちの小学生の娘だってできるぞ」と。

そこで工夫をした。集中力を高め、野菜を2本同時に切る。
これで少しは早くなる。すると今度は「何これ?切り方が雑だよ!」と
言い「言われたことだけできるのは小学生。ということは、お前は
小学生以下。そのことをよく認識して、頭を使って周囲を観察して
仕事を覚えるように」と言われた。こちらはただただ
「申し訳ありません。以後気をつけます」。

数日後、私は自分なりに工夫をした。必死だった。でもやはり
できないものはできない。皮むきも食材を切るのも遅い。
すると控え室に呼ばれた。「長年やってるけど、君のような実習生は
初めて。やる気はない、熱意はない、努力はしない。この前小学生
以下って言ったけど、つまり幼稚園生と同じ。君がこの会社で将来どうなりたいのか
興味もないし俺には関係ないけど、その態度だけはもうガマンできない。
反省文を書いて、提出するように」。

一瞬、何を言っているのか分からなかった。俺に熱意がない?
反省文を書け??屈辱以外の何物でもなかった。学歴で人を判断するのは
大嫌いなのだがあえて言う。チーフとはいえ中卒の調理師に、
大学院修士の俺が反省文?ふざけるな!でも、謝罪の言葉を適当に並べて
反省文を書いて提出した。無力感だけが募っていった。
もう、焼くなり煮るなりどうにでもしてくれという気分だった。

こんなこともあった。あるパートの女性が「仕事には慣れてきた?」と
声をかけてくれた。なので「はい。最初に比べれば慣れてきました」と
答えた。すると翌日チーフに呼ばれた。
「お前、俺はもう仕事に慣れたとか言ってるらしいけど、そんな仕事で
 よく慣れたなんて言えるな。調子に乗るのもいい加減にしろ!」
と、全員の前で怒鳴られた。あとで聞いたのだが、そのパートの女性は
一番の古株で、チーフといつもつるんでいるのだそうだ。
こうなると、相手よりもうまくはめられた自分に腹が立った。

そして、そこでの実習も残りわずかとなったある日。私は
むいてはいけないさつまいもの皮を誤ってむいてしまった。
するとチーフは
「お前さ、これ以上迷惑かけるくらいならもういいよ。俺が指示した
 こと以外何もするな。」と言われ、指示されたことをする以外の
時間はただ立っているだけだった。廊下に立たされている小学生のような
気分だった。心労だろう。ようやく1ヵ月半の実習を終えたころ、
体重は11kgも減っていた。

私は怒りを込めて、そこでのありのままを実習報告として、
しかしあえて下手に出てレポートにした。すると本社の上層部に
呼ばれた。「ここに書かれているのは本当?」と。私は何の
ためらいもなく「本当です。私に嘘を書く動機はありませんから」
とだけ言った。これで本当の意味で、最初の実習を終えた。

次の1ヵ月半の実習先は、打って変わってすばらしいところだった。
チーフ、サブチーフは温かく、ときに厳しくもていねいに指導してくれた。
パートのおばさんたちも個性的で、連携が抜群。いつの間にか、
私は現場の仕事の虜になっていた。「ずっといてくれればいいのに」
「また必ず顔を出してね」。実習最終日、すなわち今日かけられた言葉だ。

明日7月から、私は人事部長直属となり、昇給や昇格システムの改革、
人材開発研修の企画立案等に携わる。部長からは
「私の後継者と考えている。実習生という肩書きは外し、存分に力を発揮してほしい」
との言葉をいただいた。

3ヶ月の現場実習から、私は現場の大変さと調理師の熟練した技、技術、
誇りをまざまざと見せ付けられた。一方で、とんでもない現場もあること
もわかった。

そして、私はこれから現場を離れ管理部門の中枢へ行く。しかし、
えてして現場と管理部門は対立とまでは言わないまでも溝ができる。
現場と本社の意見が食い違う。いまの私は、どちらに与していいのか
分からない。現場の売り上げが上がらない、損失が拡大している。
そのとき、人員削減となったら私はどうするか。心を鬼にして削減を
実行するか。おそらく社員を守るためにいろいろ知恵をめぐらせるだろう。
それでも上層部の指示により心を鬼にして、命令を実行するかも
しれない。現場への思い入れと、自分の担当する業務のギャップに
惑い、悩まされることになる。そのせめぎ合い。そこでも決断しなければ
いけない。「私は鬼になりたい」とはそういうことだ。そもそも
人事の仕事というのは、ときに社員の人生、生活を左右する。理想だけでは勤まらない。

ただ、ひとつだけ誓う。お世話になった方々のために、私は
社員みんなが楽しく働ける環境を作りたい。私のようないじめに
遭うような社員は私が最後になるよう、現場のチーフ向け研修メニューも
一からすべて見直したい。それがお世話になった方々への、
最高の恩返しになると確信している。そのために必要とあらば、私は
あえて鬼になる。

プライベートでも、フットサルクラブの監督・キャプテンとして、
ときには心を鬼にする場面もあるだろう。試合や大会の際のメンバー構成。
練習に打ち込んでいたみんなのうち、スタメンはGKの私を除けば4人だけ。
情を挟みたいがどうしても挟めない。

また、PK戦となればキッカーを選ぶのだが、結果として選ばれた選手に
責任を負わせることになるかもしれない。もちろんキャプテンとして
最大限のフォローはするが。

そして戦術。積極的に攻めて美しく勝つ。選手も観客も魅了される
サッカーを、という哲学のため、3-0で勝つこともあれば、
0-5で負けることもある。そんな哲学に選手を導くには、何より
私が彼らを信じ、情熱を持たねばならない。

私は自分のため、そしてみんなのため、鬼になる。

今日のひとこと
「愛情さえあれば何もいらないと言うのは、本当の愛情を知らないか、
  愛情を盲信している人間の言葉である」

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2009年6月29日 (月)

今年のビールはレベルが高い!

今年のビールはレベルが高い。レベルといっても味じゃない。
CMのことである。そもそも私は帰宅後ひとり晩酌する習慣がなく、
自宅の冷蔵庫には、近所のスーパーで配っていたお試し品の発泡酒
(それも2本)が入っているだけである。

さて。今年の夏のビールCMだが・・・

・サントリー・プレミアムモルツ:竹内結子
・金麦(キリン):壇れい
・コクの時間:内田恭子(ウッチー)
・一番搾り(キリン):松嶋菜々子

などなど。

どの製品も私の好み揃い。もっともうち2人は既婚者だが・・。

そうなると、私が大ファンだと公言している竹内結子か、壇れいの
2人にクローズアップしたくなる。で、実は一番好きなビールは、
以前からプレミアム・モルツ。そうなると竹内絶対有利・・・。

といたいところだが、壇れい、というか壇れいさん
(なぜか彼女には「さん」付けしたくなる)の金麦にも強くひかれる。
あのポスター&駅の看板、一度見たらやめられない。
笑顔の中に、なぜか憂いを含んだ瞳。37歳にしてあの美貌。
宝塚出身なので、きっと歌唱力もあるのだろう。

ビールを飲む習慣のない私だが、機会を作って金麦を試してみたい。

(今日のひとこと)
「時間がないと言う人ほど、実は浪費している時間が長い。
 そして不幸なことに、本人だけがそのことに気付いていない。」

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2009年6月28日 (日)

GKの孤独

今日は雨天の中、東京ベイフットサルクラブ羽田で行われた
フットサル選手権関東地区予選に、友人のチームの助っ人として出場。
昨晩は帰宅が遅かったのだが、しっかり6時に起きて朝食を取り、
ウォーミングアップとして近所を軽くジョギング。
ユニホームに着替えて会場へ。

結果から。1勝2敗で予選リーグ敗退。参加チームのレベルが高かった。
パスは速く正確で、シュートも強烈。スタミナも抜群。

一方、こちらは・・・・よく分からない。ひとつだけ確実なのは、
GK&監督&キャプテンが助っ人の私ということ。
もっとも、監督らしいことは何一つしていない。
向こうのキャプテンが私に「当日は指揮をお願いします」と言ったのに、
いざ行ってみると、すべて自分で仕切り始める。
まあいい。だったら私は自分のプレーに集中させてもらう。

さて。予選リーグ敗退となったが、敗退チームの中から
敗者復活戦トーナメントを行うため、雨が強いのにまだ帰れない。
かなりテンションが下がってきた。

そしてトーナメント1回戦。こちらが1点先制。しかし、
終了間際、私のパスミスにより失点してしまい同点に。
スローイングのミス。雨で手がすべったのだが言い訳にしかならない。
味方のキャプテンに怒鳴られた瞬間
「お前だってシュート何本も外してるじゃねーかよ!」
という言葉が喉まで出かかったのを必死にこらえる始末。
この時点で、私の機嫌は土砂降りの雨もあって最悪となる。
そう。私は所詮助っ人なのだ。

同点ということでタイムアップ。そう。大嫌いなPK戦に突入だ。
ふてくされてはいたが、自分のミスで失点した責任は取らねば。
ルールでは、サッカーと違いサドンデス方式。どっちかが外した時点で終了。
相手が先行、我々は後攻でスタート。

一本目。相手の軸足を見る。これは左へ蹴る、と確信し飛ぶ。
読みは当たった。一瞬心の中で「いける!」と思ったが、
ボールを手で触ったものの、スピードの方がわずかに速くゴールの中へ。
決められた。

そして我々の一本目。蹴るのは件のキャプテン。彼が外し試合終了。

孤独だった。PK戦ではGKと蹴る選手以外ハーフウェーラインの
外にいなければならない。しかもこの雨。そして大嫌いなPK戦。
無言で引き上げクラブハウスで着替えて帰路についた。
昨日と違い、嫌な方の疲れがどっと来る。帰ったら風呂に入りすぐに寝た。
起きたら6時。一瞬慌てたが、時計の「PM」を見て一安心。

思ったこと。
・助っ人で出場するのは構わないが、自分のプレーに集中する
・もっと練習して、GKとして成長する
・自分のチームメイトに怒鳴りつけるのは絶対にやめる

今日のひとこと
「完全な幸福などない。人類はそうなるようにつくられていない。」
(ヴォルテールの言葉)

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2009年6月24日 (水)

キャプテンのひとりごと~PK戦を観て思ったこと~

BS朝日で、AFC(アジアチャンピオンズリーグ)鹿島-FCソウル(韓国)の試合を観た。

結果は延長でも決まらずPK戦へ。結果、4-5で愛する鹿島は敗れた。
Jリーグでは首位を独走する鹿島だが、結局ことしもアジア制覇はならなかった。
もっとも、これで過密日程から解放され、前人未到のJリーグ3連覇に
グッと近づいたとプラスに考えよう。

PK戦だが、フットサルにももちろん存在する。大会では延長戦で
決着がつかない場合はPK戦になることがほとんどだ。実際、28日に
出場する大会も、決勝トーナメント以降はPK戦が設けられている。
私のチームでも、時間に余裕があるときには練習にPKを入れている。
GKの私にとってはけっこう苦痛だが・・・。

このPK戦だが、私はとても嫌いだ。
「PKはサッカーではない。ロシアンルーレットだ」と言ったのは
あのオシム監督。彼はPK戦になると、蹴る順番だけを決めて、
さっさとベンチ裏の控え室へ1人戻ってしまう。

私もできればそうしたいのだが、GKなのでそんなわけにはいかない。
蹴る順番を決め(実際には試合途中からPKを想定している)、
GKとして心の準備をする。なので嫌いというのもあるが、
一番の理由は「GKに一番スポットライトが当たるから」である。

ある大会でPK戦に突入し、観客の目がすべて自分と相手に注がれ、
PKを阻止したときのこと。当然仲間や観客席からは拍手や歓声が上がる。
私は観客席に手を挙げて応え「もっと盛り上げてくれ!」と観客を鼓舞する。

しかし、これは自分がヒーローになるためにやっているわけではなく、
あくまでチームの雰囲気を盛り上げるためのパフォーマンス。
事実、その試合はPK戦の末勝利し、仲間から拍手喝采を受けたが、
私が最初に発した一言は
「これは決勝戦ではない。はしゃぐヒマがあったらすぐに次の準備と
 ウォーミングアップに取りかかれ」だった。

「なんて冷たいキャプテンなんだろう」と選手は思ったかもしれないし、
これを読んでくださっている方にもそういう方がおられるかもしれない。
でも、私は全く意に介さないし、私の知ったことではない。

PK戦が嫌なのは、結局勝ちきれなかったからPKになったという
厳然たる事実があるからだ。その試合はたしか3-3で決着がつかず
PK戦になったのだが、ということは、私は3失点しているわけで、
ひとえに戦術ミスや選手マネジメントの失敗作である。
私が2失点以内に抑えていたらPK戦にはならなかったのだ。
そっちの方が頭から離れないので、勝ったといっても浮かれた気分に
浸る気持ちには全くならないし、なれない。自分のセーブのおかげで
勝ったなんて思うのは傲慢以外の何物でもない。

PK戦で勝利し喜びに浸っていいのは決勝戦だけ。そのときだけは、
私も喜びの感情を爆発させ、選手や観客と抱き合い、ガッツポーズの
ひとつもしたいと思っている。

今日のひとこと
(監督の戦術に異を唱えた選手に対して)
「私の言っていることがわからないなら、いますぐIQテストを受けて来い」
(ジョゼ・モウリーニョ現インテル監督)

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2009年6月23日 (火)

骨折していました

先日、車と接触して転倒、しかも当て逃げされたと書いた。
その後の右膝の状態が非常に悪く、腫れがひどくて階段が下りられない。
床にも座れないので、テーブルではなくパソコンや書類の置かれた
狭いデスクの上で椅子に座って食事を取っている。

今日になって、腫れと痛み、そして膝の色が明らかに違う。
事情を話し、仕事を30分早退し、地元の整形外科に行った。

レントゲンの結果、膝の剥片骨折が判明。傷口の化膿と内出血も
ひどいため、消毒を施し注射によって血を抜く。痛み止めの薬と
湿布薬をもらって帰宅。

普通に歩くくらいは問題はない。走るのもちょっと痛いけど、
(あまりほめられたことではないが)駆け込み乗車や信号の点滅時に
ダッシュで走ることは十分可能だった。なのでまさか骨折とは
思わなかったので、正直驚いている。

驚きと同時に困ったことになった。今度の28日の日曜日、友人の
フットサルクラブの助っ人GKとして、32チームが参加する
かなり大規模な大会に参加する。GKなので代役はいない。
当然ながら強行出場するつもりである。

強行出場は構わないのだが、実際のプレーへの影響が心配だ。
実は5月末の練習試合で相手にスパイクされた右足の親指の爪は、
根元からきれいさっぱりなくなってしまっている。
1ヶ月経ったがほとんど生えてこない。なので右足での全力キックは
かなり厳しい。

もっとも、私のチームでは練習メニューの中に
「利き足でのボールタッチ禁止」というものがある。
全員右利きなので、左足しか使ってはいけないという制約を課し、
左足でのパス練習やミニゲームを行っている。私もその練習では
左足で蹴る。そのため私のチームの選手は、レベルに若干のばらつきが
あるとはいえ、全員が左足でボールを蹴ることができるようになっている。

よって、私にバックパスが来たときは左足で蹴るか、右足で蹴らざるを
得ない場合は右足の親指&膝を使うインステップではなくアウトサイドで
蹴ればいい。

問題は低いライナー性のシュートのキャッチング。
こればかりは両膝をついて低い体勢を取り、確実に
キャッチしなければならない。左膝だけ芝につけて取りに行くと、
空いた右からボールがこぼれれば、野球でいう「トンネル」となり、
間違いなく失点してしまう。

シュートが来なければいいのだが、そううまくはいかないだろう。
なので湿布の上に包帯を巻き、その上からさらにテーピング、
さらに加えてサポーター装着で出場。いまのところ、これくらいしか思いつかない。

ひとまず怪我のことは、チームメイトには内緒にしておくつもりである。
これ以上悪化しないことを願うばかりだ。

今日のひとこと
「神様は、乗り越えられない試練を与えない」
(マイミク・autumnさんにいただいた言葉)

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